企画展 - 2019.1.30

美しく素朴で、自然と優しさが豊かな国 ポーランド

 

みなさん、ジェン・ドブリ(Dzień dobry)!

ソトガワ美術館で、ポーランドについて書かせていただけるとのこと。「美術館」に寄稿だなんて、ワクワク、ドキドキ、ソワソワしています。

 

私はAyaと申します。

ポーランドのことを東京で学び、ポーランド留学し、ポーランドで働き、帰国した今も、ありがたいことにこの国に関わることができています。なぜポーランド?とはもう1000回以上聞かれましたが、「たまたま」としか言いようがありません。ヨーロッパに興味があり、他の人が選ばない国のエキスパートになりたかったから。と言えば聞こえは良いですが、本当に、たまたま、なんとなくでした。

 

ポーランドというと、ロシアの一部?共産圏?強制収容所?と言われることがありますが、実際にポーランドへ行った方はすっかりハマってしまう場合が多いというほど、美しく素朴で、自然と優しさが豊かな国です。占領、分割などを経験しても決してポーランド人のアイデンティティを忘れず、言語や文化を否定されても地下に潜って子ども達に「ポーランド語」を通じて自身の文化を脈々と伝えてきた、内面の強い国だと思います。

 

ヨーロッパきっての農業国で、りんごの生産は欧州一。国土は日本の5分の4ほど、人口は約3800万人。とても若い人が多く、活気にあふれた国と言えます。他の基本情報はインターネットにあふれていますので、ここでは割愛します。

 

私のポーランド滞在中、本当に色々なことがありましたが、今でも時々思い出して胸を締め付けるのは、留学中に起きた東日本大震災のことです。遠く離れていた私は、ただ呆然とニュースを見聞きしていることしかできませんでした。野菜をひたすら丁寧に切ったり、コトコト煮込む鍋を見つめていたり。

 

ある日授業で、「爆発する」という意味の新出単語が出てきました。その意味を先生に聞かれて、「わかりません」と回答した時の先生のヒントは「日本の福島で最近爆発したのは何?」。

先生に悪気はなかった、と今では思いますが、当時の私はその例にひどく傷つき、涙が溢れて教室を出て行き、職員室で語学コースの代表の先生に今あったことを話そうとしました。でも、私の拙いポーランド語では伝えられなかった。本当に悔しかったです。その日はそのまま寮に帰り、頬を涙がつたうのを感じながら今日の出来事を反芻し、自分の感情を観察していました。どうしたらいいのか分からなかった。

 

その日の夜、語学コースのクラスメイトから電話がかかってきたのです。

「Aya、次の土曜日空いてる?ちょっと出かけようよ」

 

そして土曜日。鉄道の駅に集合し、授業でのことは何もなかったかのように、友人(フランス出身)とその彼氏(ポーランド出身)とポツポツと言葉を交わしながら、電車で揺られること1時間強、彼氏の親族や友人が集まる家がある街に到着しました。誰かの誕生日というわけでもなく、結婚記念日でもなく、ただみんなで集まって食事をする会。最近韓国へ研修に行っていた彼がおもむろにプレゼンテーションを始めた頃、子ども達に「隣の部屋で遊ぼう」と誘われた私。

 

これは私だけの感覚かもしれませんが、子どもと外国語(彼らの母語)で話をするのはとても緊張します。大人と違って、こちらの言語レベルに合わせたり、ゆっくり話したり、こちらの言っている単語と単語のピースから意味を連想するということを、子どもはあまりしないからです。そんな不安はありましたが、気がついたら私の周りで、彼らはキャッキャと楽しそう。私の眼鏡をかけてみたり、カメラで撮影をしてみたり。

 

 

まともにピントが合った写真が一つもありませんが、楽しそうな様子は伝わるはず。

 

眼鏡をかけてご機嫌な男の子。

 

たくさん笑ってバイバイした帰り道。友人が「楽しそうだったね。よかった」と言ってくれました。心配をかけてしまっていたのですね。気にかけてくれていたんだ。

後で聞いた話ですが、あのパーティに参加していた大人達には事前に友人から、日本から来た子を連れて行くこと、地震の話はしないでほしいことが伝えられていたそうです。

 

また別の週末には、別の友人が田舎のおじさんの家に連れて行ってくれました。そこにいたラブラドール(名前は確か、ライモンダ)の可愛かったこと。大人しいおばあさん犬でしたが、友人のいうことを見事に聞いていませんでした。

 

夜には焚き火をして、ソーセージやマシュマロを食べながら、友人達のプロポーズの話を聞いたっけ。

 

「あなたがあっちに投げた棒なんて、私は取りに行きたくないのよ。」

 

毎週のように行われていた留学生の飲み会に久しぶりに参加した寒い日の帰り、ベラルーシ出身の友人と腕を組みながら「Kalinka」を歌って歩いたっけ。全然ポーランド語が上達しなくて、友人はロシア語が母語だからすぐに吸収できていいな、と漏らしたら「でも君はすごく頑張っているし、確実に上達していると思う」とまっすぐ目を見て言ってくれたっけ。

 

他にも様々な人が、遠く離れた日本で起きたことを知って、身近にいた「日本のかけら(=私)」を一生懸命に元気づけようとしてくれました。ポーランドの人の発言の真意が掴めなくて、またはストレートすぎて傷つくことも多かったけれど、大笑いさせてくれたのも彼ら。もしくは、ポーランド語を使って交流した外国の人たち。

 

どこの国でも言えることだと思いますが、観光することと、生活を体験してみることと、実際に日常を過ごすこととでは、見える面が異なります。どれもいい。チャンスがあり、状況が許すなら、どの選択肢でも取ってみたらいいと思います。

 

その時間の長短に関わらず、人と心から交わることで、また目の前の光景に心を開くことで、人生は多方向に深まる。ポーランドという国が、またそこに住む人々が教えてくれたことです。

 

 

Writer
杉浦綾

 

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