企画展 - 2018.03.21

『手繰り寄せる地域鑑賞』vol.1 対馬の間合いと現代のストーリーテラー 前編

輪郭線の重なる島

東京・目黒川にいる。山手通りとJR山手線に挟まれるように東京湾へと流れるこの川は、いまぼくの目の前で五反田駅のすぐ脇を行き、金曜日終電間近にうどん屋(もし興味があれば3軒目ぐらいに訪れてほしい。「おにやんま」という店だ)の行列を尻目にたゆたうている。瞬間を流れる川の水は「いま・ここ」であると同時に、ずっと先にある山の木々を縫って流れるせせらぎを、はたまた反対側のずっと先に広がる湾を、海を、想像させる。どこからどこまでが目黒川で、どこからどこまでが東京湾か。川の流れは曖昧に、ただ街灯が水面を編み、橋を通り行くタクシーの灯りは、その隙間を走り過ぎていく。

この連載の内容を考え始めた当初から、その初回を対馬にしよう、という思いはぼんやりとあった。大陸文化が朝鮮半島から大和国に流れていくうえで、対馬は地理的にその玄関口にあたる。小川がやがて湾を抜け大海に出るように、この島を経由して日本列島に広がっていったのだ。(すごくすごく僭越ながら)現代美術に日頃かかわる身として地域の表情を読み直そうとするとき、対馬から始めるのは実に相応しいのではないだろうか。

近年、対馬では韓国人観光客が驚異的に増加している。2011年に東日本大震災の余波を受け、釜山からの一部定期船が運休したが、そこに日本の旅行業が低運賃で参入。競合関係のなかで低価格化と便の増加が相成り、以降は5万人(2011年)から35万人(2017年)に急増した。釜山から対馬の北の玄関口・比田勝港までは高速船で約1時間。ちょっと街まで買い物に、という感覚で彼らは対馬を訪れ、免税店でお菓子や日用品などを購入して、その日のうちに帰る。彼らにとって、対馬は日常の延長にあるのだ。 いっぽう、日本から対馬を訪れるには、博多港から船で行くか、福岡か長崎から飛行機で行くか、のどちらかが一般的だ。2018年の1月、寒々しい小雨が湾に舞うのを横目に、ぼくは博多港から対馬に向かった。

厳原港すぐにある免税店の看板

 

厳原港のトイレ

 

高速船で2時間ほど。古谷一行(再放送であろうが、未だに数字が取れるのだろうか?)のサスペンスに相撲中継、という渋い番組チョイスの船内テレビを眺めていると、対馬の南側に位置する厳原港(いづはら、と読む。朝鮮半島にごく近いこの島には、読み仮名を意識したい地名が多くある)に着く。 
聞いてはいたが、やはり驚かざるを得ないのはハングル文字の多さだ。トイレの入口(そもそも言葉が併記されている時点で、ピクトグラムが信用されていない)や案内板にはハングル文字が併記され、道には免税店の看板が立つ(広告塔は、格闘家で在日韓国人の秋山成勲だ)。

島を縦断する唯一の国道382号のガードレールには、日本と朝鮮の国交における歴史的な象徴・朝鮮通信使の通行した様子が描かれている。この国道は川沿いに北へと伸びており、やがてスナック街に行き着く。ハンバーガー屋(対馬バーガーという名称のあたり、対馬が佐世保バーガーと同じ長崎県であることを思い出させる)やお好み焼き屋、本屋(レジ横の対馬本コーナーが充実していて興味深い。入口に「潮位表あります」の張り紙があるのも、都会育ちで馴染みの薄いぼくとしてはムズムズする)などが並ぶ。

その途中の脇道を入ったところにある居酒屋に、「NO KOREA」と張り紙がしてあるのを見つけた。韓国は日本よりカード文化が進んでいるため、現金を持っていない人がいる、酒や食べ物を持ち込む人がいる、といった文化的な違いからくるトラブルを避けるため、だそうだ。「公道」のガードレールには朝鮮通信使の文化が紹介されているいっぽうで、「民間」の店には、このような表記がある。対馬にリアルとして存在する意識を覗き見るようで興味深いのだが、この張り紙には続きがある。厳密には、「NO KOREA NOT ALLOWED」と書かれているのだ。訳すれば、「韓国人は(入店を)許されていなくない」とでもなろうか。扉の脇にあるメニュー看板が日本語のみであること、そして先に書いたような対馬における韓国人の状況などから(日本人のぼくが)鑑みれば、この張り紙は店主の書き損じで「韓国人は入店お断り(NO KOREA”N” ALLOWED)」が正しい意図となる。いっぽうで、もちろん言葉の通りに「韓国人は入店できなくない」と解釈することもできる。また、A4程度のこの白い紙は、日本語でも韓国語でも書かれずに英語によって書かれている。つまり、書き手が韓国語を書けなかったのはおそらくもちろんのこと、代筆を依頼する韓国人が知人にいなかったのか、あるいは内容的に韓国人に依頼するのが遠慮されたのか、といったことが想像される。前者であれば、(年間35万人もの韓国人観光客が訪れるにもかかわらず)そういったことを頼る知人がいないことから、島との弱いつながりを見せる「観光客」として、釜山からの訪問者が流動的に滞在していることが想起される。後者であれば、主張はしながらも後ろめたさを残した配慮や気遣いを、その書き手から感じ取ることができるであろう。

居酒屋の張り紙は、どちらの自国語でもない英語によって誤読を誘発し、読む者の視座によってその解釈を180度変え得る問題提起として存在していた。 

 

公道のガードレールを装飾する、朝鮮通信使の様子

 

厳原のある居酒屋。ハングル文字が前面に出された店もあり、サインから店の姿勢がうかがえる

 

島を案内してくれた対馬観光物産協会の方に、急増する韓国人観光客をどう思うかと聞くと、彼は言葉を選びながら「日本人の観光客”も”増えてほしいですね」と答えた。経済的に島を支えている韓国人観光客が増えることを是としないわけにはいかず、曖昧な距離、曖昧な感情を抱えながら、この島は韓国と共存している。対馬のその独自性は、2つの文化をつないでいる「曖昧さ」にあるのではないだろうか。

後編へ続く。