インタビュー - 2018.09.05

【キング・ホウンデケピンク インタビュー】 日本のTVゲームに夢中だったパリっ子が、日本の陶芸に影響を受け、現代美術作家になった話 前編

 

2018年2月に開催されたキング・ホウンデケピンクの個展「Thank you for the clay!」を見るため、私たちは滋賀県甲賀市信楽町を訪れました。信楽焼のたぬきたちが目を引く信楽駅前からほど近い個展会場では、独特な形態と鮮やかな色を持った、不思議な佇まいの作品が並んでいました。

 

キング・ホウンデケピンク個展「Thank you for the clay!」展示風景

 

パリ在住のベナン系フランス人作家であるキング・ホウンデケピンク(King Houndekpinkou) の作品は、日本の伝統的な窯元から学んだ陶芸技術と、自身のルーツであるベナンの文化をベースにした、精神と感情の表現であるといいます。その言葉のとおり、作品に陶器としての機能性はほとんどないようにみえます。会場で出迎えてくれた作家本人にインタビューを依頼し、なぜキングが陶芸技術を用いたアート表現を試みるようになったのかを詳しく話してもらいました。

 

キング・ホウンデケピンク(自身のスタジオにて)

 

――陶芸との出会いについてと、どうして陶芸技術を用いて自己表現活動を行うようになったのか、その経緯を教えてください。

 

土と私の出会いは、予期せぬ状況で「お互いを見つけあった」という言い方がしっくりきます。土は新しい人間の魂を探していて、私との交流を求めていた。一方で私も、密かに自分の感情やビジョンを表現することができる素材を探し求めていました。それはちょうど、ソウルメイト同士が、世界のどこかでお互いが出会うのをいつとも知れず待っているような感じです。

 

私はこれまで音楽、ダンス、舞台などに挑戦したことがありますが、陶芸ほど私の心の深いところにまで達したものはありませんでした。私は芸術家の家庭で育ったわけではありませんし、美術大学で学んだわけでもありません。学歴としては、フランス文学や国際コミュニケーション学をフランスとイギリスで学び、アーティストとして活動する以前は、ロンドンとパリで国際広報活動に4年程従事していました。

 

全ては、90年代、私が10代前半の頃にあったテレビゲームに始まります。当時ヨーロッパでは、マンガ、アニメ、テレビゲームを通じて日本のポップカルチャーが人気で、中でも私は完全にテレビゲームにハマってしまい、遊び呆けたせいで、学校での成績を落とすこともありました。「もしこのままの状態が続けば、あんたに未来はない」と母から怒られたものです。

当時私に想像力を与えてくれたほとんどのゲームが、任天堂、コナミ、カプコンなど、日本のゲーム会社によって作られたものでした。「メタルギアソリッド」の生みの親である小島秀夫さんは当時私のヒーローで、今でも彼のストーリーテラーとしての、そしてゲームディレクターとしての才能を尊敬していますし、それこそ一時、ゲームデザイナーになることを夢見たことすらありました。

 

そんな私のゲーム中毒は、次第にゲームメーカーの創造性の基である日本文化を理解したいという好奇心に変わっていきました。「日本人は何を食べ、どんな空気を吸い、どんな歴史を持っているんだろう?」日本に対する魅力は増していきました。

 

2012年になりようやく、10代の頃からの夢であった日本への旅行が実現しました。親友が1年間日本に留学していたので、訪れる機会ができたというわけです。

初めての日本滞在では、ファッション、文学、詩、建築、伝統芸能などに見られる日本独自の文化やそれらの仕組みに魅了されました。ある夜、親友とその友達とで東京に出かけたのですが、その中に陶芸が趣味だという女の子がいて、彼女から陶芸についての話を聞く機会がありました。日本の陶芸職人文化について興味を持った私は、より多くの情報を探し求め、信楽、備前、丹波、常滑、越前、瀬戸などの日本の伝統的な陶器について知り始めたのです。

備前と信楽の薪窯で作られた作品は素朴ですがとても美しいと感じました。作品は、人間と自然界の四元素(土・火・水・風)との会話から生まれた、時代を超越した美しさを描き出しているようでした。私にとって、陶芸家は現代の魔術師のようでした。雑誌の表紙のモデル写真がデジタル処理されていることが当たりまえの時代を生きる私に、不完全であり不揃いな陶器の表面は、美しさの何たるかを教えてくれたのです。

 

パリに戻ったら、日本人の陶芸家を探して轆轤の回し方を教わろうと決心し、私はパリで陶芸教室を主宰する日本人陶芸家の早崎加代子さんの手ほどきを受けました。

 

最初の稽古で粘土に触れたとき、私の中の眠っていた思考が目を覚まし、24歳だった当時の私の内面を刺激し、解放されたように感じました。その体験で、私は自己表現という新しい可能性の扉を開き、土からの呼びかけに応じるようになりました。私は、陶芸をより深く知りたいと欲しました。

 

一言で言えば、ビデオゲームと好奇心が日本文化に繋がる道であり、陶芸へと繋がる道だったのです。日本のおかげで陶芸に出会えたことに感謝しています。私は、いつも自分自身についてこう説明します。陶芸的に言えば、私は日本生まれで、地理的に言えば、私はフランス生まれ、そして私の中に流れる血は、ベニンで生まれたものです。

 

――陶芸を本格的に始めて以降、日本の陶芸家からはどのような影響を受けましたか?

 

「けらもす」の陶工たちと

 

2013年夏、早崎さんは、フランス中部のシェニエという土地で備前穴窯プロジェクトを行うため、私を含めた学生グループを現地に連れていきました。そこには、日本の備前焼作家集団「けらもす」というグループから5人の陶芸家が来ていました。彼らに会うことが本当に楽しみで、今や親友である芸術家の澁田寿昭さんともそこで知り合いました。彼の陶器は本当に魅力的で、私は彼の作品が大好きです。澁田さんと友人になって以来、私は毎年備前を訪れるようになりました。彼は、日本の陶器のことを私に教えてくれ、そしてアーティストとして、男として生きるということも、私に教えてくれました。幼少期に父を亡くしていた私は、父の姿を澁田さんに見ていたのだと思います。彼は私の「陶芸の父」なのです。

 

備前焼作家 澁田寿昭さんと

 

備前では、澁田さんと彼の友人たちが制作している姿を見てきました。彼らの技術には、土、火(あるいは窯の神様)、そして創作行為への深い尊敬が注ぎ込まれていました。土・火・水・風という四元素と自然環境を通じてあたかも神と会話しているかのように、彼らの陶器作りにはどこか儀式的なところがありました。例えば、窯に火を入れる前に、彼らは窯の前で窯の神様に祈り、窯の上に置かれた小皿に塩を盛り、お酒を飲みます。彼らの振舞いに神道のような日本のアニミズム信仰の影響を感じる取ることができました。私の備前の友人たちは、単に陶器を作っているのではなく、神と会話し、自然を想っていたのだと気付きました。

 

窯の上に置く塩

 

火入れ前に酒を飲む

 

私にとってその体験は、西アフリカに位置するベナン発祥のブードゥー文化を思い起こさせるものでした。ブードゥーもまた、アニミズム信仰に根ざした文化です。ブードゥーでは、土・火・水・風に姿を変える「マウ」と呼ばれる守護神を信仰します。これらの自然要素は、人と神とが交流できるチャンネルとして機能するとされ、生命あるいは人間を悪から守るためにあるとされています。

 

日本の陶芸家から学んだ経験は、私のルーツに対する精神的かつ感情的な気付きをもたらしました。これまでの人生において、これほど私に影響を与えた素材は土の他にありませんでした。この気付きを得たことで、土には人々を和解させ、国家間の平和な対話を促進させる力があることを私は実感しました。日本の陶器が私に及ぼす影響は、もはや陶器の造形、美しさ、技術のみに限らないのです。

アーティストとして私が大地から授かった使命とは、単に美しいものを作るということ以上のものだと感じています。人間性、融和、異文化間の対話、そして美の知覚をテーマとして取り組み、作品を作りたいのです。

 

――ベナンの陶芸、ブードゥ-の影響は、色や形など、作品のどんなところに表れていると思いますか?

 

”The Black Widow I” by King Houndekpinkou

 

”Cavilux Golden Rim” by King Houndekpinkou

 

形や技法に関しては、ベナンや西アフリカの伝統的な陶器を模倣しようという意図はありませんが、作品の質感には中央アフリカや西アフリカの古代の儀式的な陶器の装飾を思い起こさせるものがあります。それらは表面にトゲがあるのが特徴です。トゲトゲにはこだわりがありましてね。

 

ベナンの人々がブードゥーの儀式のために使う土製の祭壇があるのですが、その荒々しい美しさが大好きなんです。儀式の際中、信者は神と交信するために様々な物質や液体を祭壇に注ぎます(例えば、赤い油、酒、動物の血、粉など)。私の考えでは、それらの素材で彩られた祭壇は、意図せず形成された神聖な芸術品になるのです。信者の動機は、神と繋がることであり、意図的に祭壇を「飾る」わけではありません。彼らは美しさを求めようとしているのではなく、より精神的な状態にあるのです。

私の作品でも、土を盛ったり釉薬を複数使ったりして、ブードゥーの祭壇のような"神聖な美しさ"を再現したいと思っています。

 

Solo exhibition in New York at Vallois America 2017

 

作品に使用している主な色は、ピンク、イエロー、ブルー、レッド、パープル、そしてゴールドですが、色については、歴史や文化的な意味を考えて使うのではなく、直感に従います。

作品の質感と色のコントラストが重要で、両者のバランスが取れる状態まで観察しながら制作するスタイルが好きです。

 

 

後編へ続く

 

KEYWORD